女性性だけでは本質とは言えない

女性性は長らく自分の中でのテーマでしたが、何となく最近ではそれ以外の性質もクローズアップして来た感じです。
(この記事を書いた後で典子さんのブログを見たら彼女の最新記事も女性性と男性性だった。すごい偶然。私はリタイアしたけれどリトリートのテーマが女性性なのですね。つながっているのだなぁ。)


女性性の優しさ、柔らかさ、受け入れること、委ねること、共感、は、これまでの生活に足りなかった部分だったので、会社を辞めてからは特に大事に育んで来たと思います。
一方で、分析力、リーダーシップ、マネジメント能力、のような能力は、ちょっと抑え気味にしていたというか、会社員としてのキャリアトラックを降りた私には用はないという感じで、見ないふりをして少し否定していたかもです。

モヤモヤし始めたのは、株の講座を始めた頃からでした。久しぶりに左脳全開で、資料を作ったりして、自分の能力をMAXに解き放っているなぁという充実感がありました。(BGMはアナと雪の女王のLet it goでお願いします)

講座を受けて下さった方から、株をするとは、世の中で一般的に評価されるような論理性、思考力、分析力といった能力が必要と思うという感想をいただきました。


その感想自体はニュートラルで気を悪くしたという訳では全くありません。ただ自分の中で引っかかったのは、多くの人にオンラインでわかってもらうために、プロセスを言語化してロジカルにお話を組み立てたので、それが表に出過ぎて、ハードルが高いような抵抗を感じられたのかとも思いました。


私の中では、メッセージの発信と受け取られ方にズレが生じたような気もして、自分の中で分離感が生まれたようでした。
それは、たまたまその方のコメントがきっかけに、その方自身やコメントの内容は関係なく、私が自分のフィルターを発動させただけで、分離感とは、実は自分が自分を否定していたに過ぎません。
しかしそこにはお馴染みの苦しさがありました。
自分を否定したがゆえに、私は本当はすごいの。認めて!という承認欲求が噴き出して来ました。


私の場合、自分の能力を否定すると(人から自分の能力を否定されると、ではない)承認欲求が激しいです。
女性性を否定すると派手な反応はないけれど、身体にダメージが来る気がします。姫は語らずともニーズを悟って欲しいようです。女性性は抑圧する方ではなく、される側だからというのもありそうです。

私の体と性自認は女性で、それを無視するとしんどくなるし、幸せを感じられません。でも女性性だけでも自分の本質を無視することになり、つらいことがわかりました。
これからは自分の中の女性性を大切に守りつつ、他の性質も否定しないで力強く進んでいきたいと思います。それが私の本質、と初めて気づいた出来事でした。これはけっこう大きな出来事のような気がします。

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