母の日に母のことを思い出す

日曜日は母の日でしたね。

AmazonミュージックがUnlimitedで使えるらしいので、ふと思いついて、ある曲を探してみたのです。

ずっとその曲が頭を回っていたので。

大学時代、1年間ロンドンに留学していたのですが、Holly Coleの曲が好きでずっと聴いていました。

当時は大学の寮に住んでいて、周りに日本人も含め、人はたくさんいたとは言え、異国での初めての一人暮らしで最初はどうやって時間を潰して良いかわからなくて、部屋にこもって音楽を聴いていることが多かったのです。(←学校行け(笑))

その当時のことをありありと思い出しました。

窓の景色や、窓に面した机に腰掛けている自分、左側にあった本棚など。

今はもう存在しないであろう、安いカセットデッキを買って窓際に置いていました。


最初の曲を聴いた後、止まらなくなって、Holly Coleの曲を流し続け、最後にこの曲を聴いていたら、なぜか母のことを思い出しました。

その日、街に出たら、花屋さんで花束を買っている男性を見たりして、ああ母の日なんだなぁと思っていたのです。

I can see clearly now いまクリアに見えるよ
The rain is gone 雨は止んだ
I can see all obstacles in my way 向かう道にある障害物すべてがよく見える
Gone are the dark clouds that had me blind 私の目を見えなくしていた黒い雲は行ってしまったから
Its gonna be a bright 明るく
Its gonna be bright sunshiny day 明るく、太陽がまぶしい1日になるはず
I think I can make it now もう私は大丈夫だと思う
The pain is gone 痛みは去った
All of my bad feelings have disappeared 嫌な気分も全部消えてしまった
There is the rainbow I’ve been praying for ずっと願っていた虹が出てきた
Its gonna be a bright 明るく
Its gonna be bright sunshiny day 明るく、太陽がまぶしい1日になるはず
Look all around 周りをぐるっと見渡してごらん
Nothing but blue sky 青空しか見えない
Look straight ahead まっすぐ前を見てごらん
Nothing but blue sky 青空しか見えない
(略)

 ざっくり和訳はBlue Neco

私の父は、私が大学4年になる春に留学を決めた時、末期の肺ガンでした。

私には兄がいて、その兄は北海道に就職を決めており、私と兄は同時に家を出ました。(父の激しい性格ゆえに家族としては元々機能していなかったので家を出たかったのだと思う)

父が私の大学卒業まで持つかわからず、また経済的な見通しが立たない中で、実は留学どころではなかったのです。

父は大学1年の時から病気でしたので、私は小学校の時からの夢だった長期の留学をあきらめ、せっせとアルバイトをしてお金を貯め、大学3年になる春休みにカナダでホームステイをしながら1ヶ月語学学校に行きました。

帰国して受けたTOEICの受験会場で留学奨学金のポスターを見つけ、ピンと来て受験したところ、奨学金をいただけることになったのでした。

応募人数もかなり多かったので、誰も受かると思っておらず、受かったら(ま、受かるわけないから)行っても良いよと両親と約束を取り付けていて、まさかの合格。

もはや両親も行くなと言えなかったのでしょう。

父とはもう会えないかもしれないと思いながらの出発でした。

ところが、私の1年の留学期間が終わる頃、母の大腸ガンが見つかりました。私が帰国して数週間後に手術、開けてみたら手遅れなことがわかり、ほとんど有効な治療ができないまま10ヶ月後に亡くなりました。48歳でした。(父は私が帰国して4ヶ月後に亡くなりました)

経済的な不安に加えて、気難しい父の世話や、ややこしい父の実家とのコミュニケーションで、母は疲れ切っていたのだと思います。

でもまさか母までガンになるとは思いませんでした。

具合が悪くて病院に行っていたのに、手遅れになるまで見つからなかったようです。

母のお友達からは、私が留学しなければお母さんは病気にならずに済んだのに、と面と向かって言われたこともありました。

それでもBlue Necoちゃんの夢をお母さんは叶えてあげたかったのよ、と言ってくれた方もいました。

留学したことで、私の運命はずいぶん変わったと思います。

英語ができるから、とその後のキャリアでチャンスが何度も巡ってきたのですから。

だからと言って、母を犠牲にして良かったの?

罪悪感は拭えるものではありませんでした。

そして何も親孝行できないままに逝かせてしまった。

曲を聴いていると、そんな想いが出てきて、涙が出てきました。

あ〜、これ、まだ未完了なんだな。

自己ヒーリングをやってみました。

母のメッセージ via 天使(セラフィム)が出てきました。

私は私の人生を生きた。

犠牲になったなんて思わないでよ。

留学させたのは、私の愛なのよ。

清められた愛は犠牲とは呼ばないのよ。

間違えなく、母のサバサバした、ちょっと押し強めのエネルギーでした(笑)

母は熊本出身で、しっかり者の長女、姐御タイプなんです。

私はその間、わんわん泣いてまして、ティッシュが目から離せなかったのですが、手の辺りには熱いエネルギーを感じていました。

自己ヒーリングはこれで終わりでした。

I can see clearly now the rain is gone!(雨が止んだのがわかった!)

このために流れていたのだね(笑)

つらい思い出と母への想いは、これからも忘れることはないと思います。

でも、それに囚われる、執着することなく、愛と感謝を感じながら生きていこう、そんな風に思っています。

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